本稿は、日本リベラルアーツ協会の初期活動として2021年3月30日に実施したインタビュー企画を、当時の記録をもとに再編集したものです。現在の事業や募集の案内ではなく、協会がどのような問いから活動を始めたのかを伝える過去の記録として掲載します。

今回お話を伺ったのは、福岡でリベラルアーツ・プログラム「LAP」を発案し、学生や社会人に向けた学びの場をつくってきた古賀正博氏です。企業人事、MBA、地域社会での活動、教育実践という歩みをたどりながら、リベラルアーツ、対話、キャリアについて語っていただきました。

インタビュー概要

実施日
2021年3月30日
ゲスト
古賀 正博氏(LAP発案者)
企画・司会進行
船岡 佳生
撮影・補助
伊藤 亜珠希
文字起こし協力
矢ヶ部 秀範
Special Thanks
鈴木 未来氏

企業の意思決定から、「あり方」への問いへ

司会:まず、これまでの歩みを教えてください。

古賀氏:大学卒業後、世界を舞台に働きたいと考えてパナソニックに入社し、長く人事の仕事に携わりました。採用や社員教育だけでなく、世界戦略、労働組合との調整、事業再編に関わる業務も経験しました。

M&Aに関わった時期には、30代半ばで十分に英語を話せないなか、資産価値を計算し、交渉のために数字と向き合う日々が続きました。数学的な損得は判断できても、「その判断は本当に正しいのか」「日本や人類にとってよい方向なのか」と問われると、答えられない。仕事を通じて見える世界が広がるほど、自分は世の中を十分に見られていないと感じるようになりました。

司会:MBAで学ぼうと考えたのは、そうした経験がきっかけだったのでしょうか。

古賀氏:はい。九州大学でMBAを取得できると知り、ビジネススクールに進みました。学ぶなかで視界が広がり、物事を俯瞰できるようになりました。そこで問われたのは、方法だけでなく「あり方」です。「それによって人は幸せになるのか」と考えるようになり、リベラルアーツにつながる問題意識を持つようになりました。

「誰の、何の幸せのためか」

古賀氏が初めて「リベラルアーツ」という言葉を強く意識したのは、企業の勉強会で講師を務めた際、経営者から「これからの社会にはリベラルアーツが必要だ」と聞いたときでした。

当時は、リーマン・ショック後の事業再編や人員削減に関わる仕事をしていました。組織を維持するための合理的な判断であっても、「誰の、何の幸せのために行っているのか」という問いが残ります。目の前の数字や役割へ集中するうちに、判断の根拠となる目的を、関係者のあいだで十分に確かめられていないのではないか。そうした違和感が、「そもそも」を考える必要性につながったといいます。

リベラルアーツを一言で表すなら、「そもそも論」でしょうか。誰の、何の幸せのために動いているのかを問い直すことです。

古賀氏にとってリベラルアーツは、特定の学問分野の名称ではありません。文系と理系を分ける前に、必要な知を自由に行き来しながら、人間や社会のあり方を考えるための思考回路です。

LAP——自分たちで「混ざり合う場」をつくる

司会:大学教育について、どのように感じていますか。

古賀氏:異なる専門や背景を持つ人が混ざり合い、「自分はどうありたいのか」を考えられる場が、まだ十分ではないと感じています。海外では将来について話すとき、「何になりたいか」だけでなく「どうありたいか」と聞かれます。しかし学生との対話は、方法を尋ねるHow toの話に偏りやすい。

本来、大学は学部や学科を越えて、複雑な問題を一緒に考える場でもあるはずです。制度が変わるのを待つだけではなく、自分たちで始めようと考え、LAPを立ち上げました。LAPには理系、文系、医学系など、多様な分野の参加者が集まります。

LAPの実践で重視されているのは、立ち止まって考える経験です。すぐに役立つ答えを得ることだけでなく、いったん日常の前提から離れ、自分の判断の根にある価値観を見つめることに意味があります。

対話のための3つの姿勢

ジェンダーのように、立場や経験の違いが大きく表れるテーマでは、何を語ればよいか分からなくなることがあります。そうした場で対話とどう向き合うかという問いに対し、古賀氏は次の3点を挙げました。

  1. 自分の見解を持つ。
    他者やインターネットから得た知識を参照しながらも、「自分はどう考えるのか」を言葉にする。
  2. 謙虚に、かつ勇気を持って伝える。
    絶対的な正解がないことを認めながら、「私はこう信じている」と表明する。
  3. 隣にいる人の見解を許容する。
    違いをただ勝敗へ持ち込まず、相手がその考えに至った文脈や経験を受け止める。

ディベートが一定のルールのもとで立場の優劣を競うのに対し、ダイアログでは互いの文脈を交換し、違いを許容しながら、当初の二択にはなかった第三の理解が生まれる可能性があります。

謙虚に、しかし勇気を持って言葉で伝える。そして隣の人の見解を許容する。その姿勢を習慣にすることが大切です。

リベラルアーツとキャリア——Will・Can・Mustを問い直す

企業や組織では、担うべき役割であるMustや、現在できることであるCanが先に置かれ、自分が何を望むかというWillが後回しになることがあります。

しかし、Willは最初から明確に存在するとは限りません。できることを積み重ねるなかで望みが形づくられる場合もあれば、社会から求められる役割を引き受けるなかで、自分のあり方が見えてくる場合もあります。だからこそ、キャリアを方法論だけで設計するのではなく、「自分はどう生きたいのか」という問いへ戻る必要があります。

対話の相手と自分の意見が正反対のときも、突破口は相手をどこまで許容できるかにあります。主張に同意できなくても、その人が歩んできた背景や価値観まで否定する必要はありません。勝ち負けの外側で関係を保つことが、対話を続ける条件になります。

参加者が持ち帰ったもの

第2部では、参加者がインタビューを通じて考えたことを共有しました。寄せられた感想には、次のような論点がありました。

  • リベラルアーツは行動の根幹にあり、人生全体を通じて考えるものではないか。
  • 具体的な学問名というより、問い続ける姿勢を表す言葉として理解した。
  • 「そもそも」を考えることは難しいが、日常の疑問へ向き合う方法になり得る。
  • 専門を深めながらも、異なる分野から広く学びたいという思いを再確認した。
  • 自分の見解を持つこと、謙虚かつ勇気を持って話すこと、他者を許容することを実践したい。
  • リベラルアーツを、自分がよりよく生きるための判断軸として持ちたい。

「リベラルアーツは自由になるためのハードル」という表現もありました。自由は、好きなことだけを選ぶ状態ではなく、自分の前提を問い、他者の違いを受け止め、判断を引き受けることによって得られるものなのかもしれません。

過去の記録から、現在へ

このインタビューは、日本リベラルアーツ協会が現在の法人・事業体制へ移行する以前に実施したものです。しかし、「そもそも」を問うこと、専門分野を越えて学ぶこと、自分の見解を持ちながら他者を許容することは、現在の活動にも引き継がれています。

過去の実践を完成した答えとして残すのではなく、現在の活動を問い直すための資料として読み返すこと。その積み重ねもまた、協会にとってのアーカイブの役割です。

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本稿は、2021年3月30日に実施したインタビューの文字起こしをもとに、当時の趣旨と発言内容を保ちながら、公式Webサイトの過去記事として編集・再構成したものです。

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